東京地方裁判所 昭和45年(ワ)6060号 判決 1974年8月07日
原告
高瀬真一
被告
国
右代表者
中村梅吉
右指定代理人
宮北登
外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円およびこれに対する昭和四二年六月二三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 本案前の答弁
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 請求の趣旨に対する答弁
1 主文と同旨。
2 担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告と訴外裏磐梯山林組合(以下、訴外山林組合という。)との間で、同組合の所有にかかる赤松立木の売買取引をめぐつて昭和二五年五月ごろから紛争が生じたため、原告は、昭和三〇年四月二五日、同組合を被告として福島地方裁判所会津若松支部に赤松立木の売買契約の締結およびその立木の引渡等請求の訴え(同年(ワ)第六二号)を提起し、昭和三二年一〇月三〇日、原告勝訴の判決の言渡を受けた。
そこで、訴外山林組合が、右判決を不服として仙台高等裁判所に控訴の申立て(昭和三二年(ネ)第五六四号)をしたところ、同裁判所は、昭和三四年三月二四日、原判決を取り消したうえ原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡したので、原告は、右判決を不服としてさらに上告の申立て(同年(オ)第五六六号)をし、最高裁判所の判断を求めたところ、同裁判所は、昭和三七年一二月二五日、原判決を破棄して事件を仙台高等裁判所に差し戻す旨の判決の言渡をした。
2 ところが、最高裁判所から差し戻された右事件(昭和三八年(ネ)第三六号)の審理を担当した仙台高等裁判所の裁判官松村美佐男(裁判長)、同羽染徳次および同野村喜芳は、昭和四〇年六月一五日、重大な過失により、事実を誤認し、かつ、法令の解釈および適用を誤つて、原告敗訴の判決を言い渡した。
3 そこで、原告は、右判決を不服として再度最高裁判所に上告の申立て(昭和四〇年(オ)第一〇六〇号)をしたが、右上告事件の審理を担当した同裁判所の裁判官松田二郎(裁判長)、同入江俊郎、同長部謹吾、同岩田誠および同大隅健一郎も、昭和四二年六月二二日、重大な過失により、法令の解釈および適用を誤つて、原告の上告を棄却する旨の判決を言い渡し、その結果、右訴訟事件は原告の敗訴に確定した。
4 ところで、差戻後の控訴審および上告審の裁判官らが前記のような誤つた判決をしなかつたならば、原告は、昭和四二年六月二二日には訴外山林組合から赤松立木三万石を一石当り金一〇〇円で買い受けることができたものであるところ、当時の赤松立木の価額は、一石当り金三二〇〇円であつたから、原告は、右立木を他に転売することにより、合計金九三〇〇万円の利益を得ることができたものというべきである。したがつて、原告は、右裁判官らの誤判によつて以上の得べかりし利益を失い、これと同額の損害を被つた。
5 よつて、原告は、被告に対し、国家賠償法第一条に基づいて、右損害のうち金二〇〇〇万円およびこれに対する差戻後の上告審判決の言渡日(判決確定日)の翌日である昭和四二年六月二三日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
各裁判所における事件の係属ならびにこれに対する各判決の言渡日時およびその結果が原告の主張するとおりであることは認めるが、その余は争う。
三 被告の本案前の主張
民事判決が確定した後において、なおその判決に違法があると主張して、国家賠償法に基づく損害賠償を請求することが許されるとすると、民事訴訟法に規定する上訴手続を経由した後もなお無限に上訴することを許すのと同じ結果を招くことになるから、確定した民事判決については、もはや国家賠償法に基づく請求は許されないものと解すべきである。仮にその例外を認めるとしても、確定した民事判決についての国家賠償の請求は、担当裁判官が明白な害意によつて違法な判決をし、かつ、当事者が故意・過失によらないでそれに対する上訴手続による救済を受けることができなかつたなどの特段の事情の存在する場合に限つて、許されるものと解すべきところ、本件においては、原告は、そのような特段の事情の存在することについて何らの主張・立証をもしていない。したがつて、本件訴えは、権利保護の資格ないし利益を欠くものというべきであるから、不適法として却下されるべきである。
四 本案前の主張に対する原告の主張
被告の右主張はすべて争う。
第三 証拠関係<略>
理由
一被告は、原告の主張する差戻後の控訴審および上告審の各確定判決に違法があることを前提とする本件訴えは、権利保護の資格ないし利益を欠くものであるから、不適法であると主張する。しかしながら、裁判官の行なう民事判決についても、その本質に由来する後記のような制約があるのはともかく、国家賠償法の適用が全面的に排除されると解するのは相当でないから、確定した特定の民事判決に違法があると主張して、その判決によつて被つた損害の賠償を国家賠償法に基づいて請求する当事者は、その請求の当否について裁判所の判断を受ける資格および利益を有するものというべきである。したがつて、被告の右主張は採用することができない。
二そこで、原告の本訴請求の当否について判断する。
およそ民事判決は、一名または数名(例外的に十数名)の裁判官によつて構成される裁判所が、当事間に紛争のある権利関係について、当事者双方に主張・立証を尽させたうえ、双方の提出した訴訟資料および証拠資料を論理法則および経験法則に従つて検討し、事実の認定および法令の解釈適用を行ない、もつて当該権利関係の存否を判断することにより、当事者間の紛争を公権的に解決することを目的とする国家行為である。そこで、現行の裁判所法および民事訴訟法は、民事判決が当事者間の権利関係の存否に重大な影響を及ぼすものであることを考慮し、裁判所の判断に誤りがないことを期するため、裁判所の適正な構成について定めるとともに、上訴制度および再審制度を設けているのであるが、その反面、民事判決が当事者間の紛争を終局的・確定的に解決することを目的とするものであることに鑑み、裁判所の判断に対する当事者の不服は、民事訴訟法の規定する上訴および再審の手続によつてのみこれを解決すべきものとしているのである。したがつて、当事者間の特定の紛争についての民事判決が、民事訴訟法の規定する手続を経て確定し、それに対する再審期間も経過するに至つた場合には、その判決が構成裁判官の悪意による事実の誤認または法令の曲解に基づいてなされたものであり、かつ、当事者が故意・過失によらずしてそれに対する上訴または再審の申立てをすることができなかつたなどの特段の事情の存在しない限り、もはや、当事者はその確定判決に違法があると主張してその違法を前提とする請求をすることはできないものであり、他方、裁判所もその判決が違法であると判断することはできないものと解するのが相当である。
これを本件について考察するに、原告が訴外山林組合を被告として提起した赤松立木の売買契約の締結およびその立木の引渡等請求の訴えに対する各判決が、民事訴訟法の規定する上訴手続を経て確定するに至つていることは、当事者間に争いがなく、また、右各判決に対する再審期間がすでに経過していることも、当事者間に争いのない右各判決の言渡日時から明らかであるところ、本件の全証拠を検討しても、原告の主張する差戻後の控訴審および上告審の各判決について、原告になおそれが違法であると主張することを許すべき前記のような特段の事情の存在することを認めるに足りる証拠はない。
そうすると、右差戻後の控訴審および上告審の各確定判決に違法があることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわなければならない。
三よつて、原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(奥村長生 平手勇治 岡光民雄)